都会に暮らしていたとき、いつも疲れていたことに最近気が付いた。自宅→会社→コンビニ→自宅、みたいなループが繰り返されていた。現在僕は、鎌倉市内ですでに5回の移動を行い、山間部に住んでいる。半径2km以内にコンビニがない生活だ。東京当時の記憶はどこかグレーではっきりと思い出すことができない。それが悪いことなのかどうなのかは分からない。しかし、鎌倉に来て、決してコンビニエンスではない日々だけど、ひとつひとつの記憶だけはしっかり脳みそに刻まれている。
長男の通う幼稚園に「PAPAS」という名の親父の会がある。園のイベントなどで主に力仕事を担当する部隊だ。因みに場所は七里ガ浜東、つまりここに参加している父親たちの多くは、自宅から循環バスを使って、江ノ電「七里ヶ浜」駅に移動、ここで平均10分。つぎに鎌倉駅まで約15分、5分のウェイティングで横須賀線に乗り換えて、都心まで約50分、その後地下鉄などを使って会社まで10分、一日の通勤に3時間を費やすことが日常の人たちだ。
なにしろ遊び方が半端ではない。休日に爆裂する開放感は、平日の睡眠不足を解消するエネルギー充填のための使い方とは明らかに違う。アクティブだ。とことん遊ぶ。そもそもタフな人がここに住むのか、ここが親父をタフにするのか。ただ、とにかく無性に遊びたくなる土地だ。
湘南には独特の空気を感じることがある。海と山と古都みたいなことは良く言われるのだが、もうひとつ付け加えるとすれば、遊び人たちが生み育てたカルチャーだろう。そもそも明治以降ここは遊び場だった。士農工商の時代を経て、慎ましく贅沢を是としないことを脳に刷り込まれた日本人は、この地で西洋人の遊び方を見てなにかがすっ飛んだのかもしれない。もともと楽天的で陽気な気質だ、日本人は。それがこの地で解き放たれたのではないか、と思う。そして今もここはその緩い空気に包まれている。
ここで暮らして、蟻とキリギリスの寓話をたびたび思い起こさせるできごとが多くなった。蟻が正しい、そう信じていた。でもその信念はぐらついている。少なくともキリギリスを素直にうらやましい、と思えるようになってきた。


明けましておめでとうございます。
海不足女子です。
この写真、光と陰と電車が良いですね~
見ていると、何となく、
美味しそうな匂いがしてきます。
なんとなく・・・です。