「海見たい病」は湘南では常に流行している。最初からこの病気に罹っている人も入れば、こちらに住んでから患ってしまう人も入る。テレビや雑誌でリビングやバスルームから海一望なんて部屋がよく取り上げられたり、実際にそうした海眺望ハウスに住んでいる知り合いが出来てしまったりする。それが、海見たいウィルスとの最初の接触だ。
時間が経過するにつれてこのウィルスは頭の中でだんだんと増殖を始め、想像力が日に日に逞しくなってくる。自宅のバルコニーやリビングの窓の先に幻影が見えてくる。隣地の微妙なサイディングの外壁ではなくて、ダイナミックな青い水平線のビジュアルが・・・。せっかく海まで数百メートルの場所に住みながら、なぜ海が見えないんだ!と、心の中の渇望が極限に近づいていく。海が見たい、部屋から。こうなると完全に病気だ。それもかなり性質の悪い。
都心で言うと、タワーマンションの高層階から見る夜景に近いのかもしれない。災害時の非難には圧倒的に不利な筈の高層階が実は価格も高く、先に売れていくらしい。これも眺望の魔力なのだろう。すなわち理性を失わせること、だから病気だ。
しかしこの病気の治療法はあまりない。もっとも有効な方法はそこに住んでみることだと思う。僕は、高層ビルから見るパノラミックな大都会の夜景もリビングからの海眺望も両方経験した。夜景はシンガポールだ。当時勤めていた会社の寮が、高層ビルが林立するエリアに建つ38階のマンションで、その37階が部屋だった。とてつもない眺望で、夜景も素晴らしかったが、昼間も湾岸沿いのマリーナと高層ビル一望だった。広いバルコニーには籐のソファセットが置かれ、外気は一年中夏だった。
最初の一ヶ月位は仕事帰り籐の椅子に腰掛け、ビール片手に外を眺めていた記憶がある、ただその後バルコニーに出た思い出はあまりない、日本から友達が来たときくらいだろうか。湘南でも海見えマンションに住んだ、しかしここのバルコニーに出た回数は、熱帯の都市国家にいたころよりもっと少なかったと思う。
そして、病気は癒えていくのだ。もちろんサーファーで毎日の波チェックが必要だとか、高層階から街の安全をパトロールしなければならないとか、必然性のある人は別だ。ただ病気に罹ってしまった人は、一度そこで暮らすことによってやっとウィルスをおとなしくさせることができる。
情報だらけの世の中で僕たちはいろいろな選択肢に気付く機会が増えた。そしていつも何かを求め続けている。仮にひとつひとつすべて体験できたとして、病気を乗り越えられた先にたどり着く場所はどこなのだろう。?


お久しぶりです。
本当に情報過多な世の中ですね。
情報が氾濫しているのでそれを知っておかないと不安になる。
皆それに翻弄されているような気が致します。
私引っ越しをして1ケ月、片付けや手続き等いろいろ忙しいと思い新聞の定期購読も止めたまま必要な時のみ駅売りを購入、朝もニュースはあえてシンプルなNHKラジオ(AM)のみといった生活をしておりますが意外と不便を感じません。
自分にとって芸能ニュースや街の一押し情報を朝の大切な時間に得る事を必要としていなかったようです。
世間は、本来不必要な情報まで知らなくては・・・といったウイルスに感染している様な気がします。
自身のプリンシプルに基き素直に生きてゆけば不必要な情報に溺れずにすみそうなのですが。