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        <title>稲村銀座で不動産屋を開業</title>
        <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/</link>
        <description>〜フジイ４５歳の自分探し〜</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Sun, 17 Apr 2011 10:51:59 +0900</lastBuildDate>
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            <title>Panic syndrome</title>
            <description><![CDATA[<p>渋の湯にある駐車場には白いプリウスが一台だけ停まっていた。そもそも今日は平日で昨日は長野県でも地震があった。最初の取り付きでアックスを2本ザックの上に括りつけて下山中の登山者一人とすれ違ったのが人と会った最後だった。</p>

<p>樹林帯を抜けると雲ひとつない空の青と雪で覆われた真っ白な大地が強烈なコントラストを伴って視界に入ってきた。アイゼンを装着してピッケルを右手に持ち稜線へ向かう。峠に近付くにつれて風が強くなってきた。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="tengu1.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/tengu1.JPG" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span><br />
稜線を一歩一歩アイゼンの効きを確認しながら登っていく、左手には大きく成長した雪庇が崖上に張り出していて、そちらへ近づかないよう右よりにルートを取った。高く壁のように見える急斜面では息を切らしながら、高度感への不安を頭から振り払いながら登り続ける、振り返ると気が遠くなりそうだから下は見ない。コツは斜度と雪質を判断しながらアイゼン、ピッケルによる確保を確実にして、不安を合理的に排除していくことだ。足元に固定された爪がしっかりと固い雪の層に突き刺さっている、右足、左足それぞれが。そしてピッケルの先端も同様だ。つまり仮に垂直の壁だったとしても落っこちることはない。</p>

<p>ただ不安は余計な想像というか妄想を続々と登場させる。雪崩れるのではないか、アイゼンの装着が緩くて外れるのではないか、滑落したときに背中から滑って制動ができないのではないか、急に足が攣って動けなくなるのではないか、上空1万mから航空機が僕の上に墜落してくるのではないか、などなど際限なく、もちろん頭の片隅では計算しておかなければいけないこともあるが不安に思うあまり、パニックになってさらに危険な状況に陥ることだってある。</p>

<p>昔海に潜っていたとき、あまりの気持ちよさに気が付いたら水深50ｍ近くに達していて、酸素の残量計の針が目に見える速度で減っていた。水圧が高くなると酸素の消費量も速くなるのだ。パニックになった、浮上して酸素のあるところへ、急がないと。と頭の中はその一点になってしまったのだが、緊急浮上とは実際とても危険な行為で死に至ることもある、一方で水深が浅くなることで酸素の消費スピードも遅くなる、冷静に合理的に考えることができれば緊急浮上の必要もなく水面にたどり着けることが分かったはずだ。この時は近くにいた仲間が僕に冷静さを取り戻させてくれた。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="tengu2.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/tengu2.JPG" width="500" height="336" class="photo" style="" /></span><br />
頂上で猛烈な強風の中でタバコに火をける、いつもの習慣だ。空を見上げると航空機が白い線を描きながら飛んでいた。青と白二色の世界に僕はいる、開放された気持ちになった。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2011/04/panic-syndrome.html</link>
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            <pubDate>Sun, 17 Apr 2011 10:51:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>APARTMENT</title>
            <description><![CDATA[<p>以前からこんなアパートというか集合住宅があるといいなと思っていた。最近よくシェアハウスという単語を耳にするようになって、そうだったのか、それはシェアハウスだったのかと思いつつもどこか似ているようで根本的に違うような気もした。</p>

<p>どんなものかと言うと、一階が共有の土間打ちのキッチンとダイニングとリビングを兼ねたようなスペース、トイレとかお風呂とかもあってよし。二階が居室スペース。もちろん平屋で構成することもできるけどそうするとかなり贅沢なアパートになる。<br />
こう書くと、それが普通のシェアハウスか60年代以前生まれ流な表現だと下宿だよ、といわれるかもしれない。</p>

<p>ただ現在主流の共同体的、仲良し的、集団生活が大丈夫でルールがきちんと守れる素敵な人たちが集まって成立するようなスタイル（すみません、勝手なイメージです!）にはなんとなく違和感を感じている。もともと内も外もない人間関係の密度が濃い下宿生活が嫌いで一人暮らしを指向した経験者は、ワンルームの気兼ねなさ、開放感、緊張感のない幸せは分かると思う。</p>

<p>大切なことはメリハリなんだと思う。内と外との。他人とのコミュニケーションを遮断したとしてもひょっとしたら生きていけるかもしれない現代ニッポン、特に都会では。極端から極端もおもしろいけど、まずはゆるやかに選択できる外との関係を作っていくことが必要なんだと思う。そしてそれは、内をしっかり持ってはじめてできることなんだろう、と思う。</p>

<p>そこで僕の構想のポイントだけど、居室スペースには玄関があるということ、共有の場から内に入る際に靴を脱いで（脱がなくてもいいけど、気持ちの問題）内に入る。そして共有のキッチンとかは基本土足で使う、つまり外だということ。<br />
ここは活用範囲が広くて場合によっては外からの客もここまでは気兼ねなく入れたりして、近所のお爺ちゃん、お婆ちゃんとか子供たちとか普通にそこにいたり、ときどきここで小さなイベントやフリマみたいなものが自然に開催されていたりするかもしれない。外と内の境界にある「あいまいな場所」だ。強制的にがんばってコミュニケーションを取る必要はないけど、そんな機会はいつもある、調子のいいときに輪に入ればいい。そして疲れたり厭な気分になりそうだったらすぐに自分の内にこもることができる、そんなアパートなのだ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="apartment.jpg" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/apartment.jpg" width="375" height="500" class="photo" style="" /></span></p>

<p>でもやっぱりそれがシェアハウスなのかな。違いは微妙だ、やっぱり。でも僕たちはいろいろな感情で動いていて、合理的に規則に従って、空気を読んで、楽しいおしゃべりと善意をいつも要求されて生活するのは簡単ではない。あいまいさを許容できる世の中、それが無理ならそんな空間を僕は欲しい、シェアハウスと呼んでも呼ばなくても。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/11/apartment.html</link>
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            <pubDate>Wed, 24 Nov 2010 12:59:26 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>3450</title>
            <description><![CDATA[<p>富士山を登った、正確に言うと九合目付近までだけど。<br />
スケジュールの関係で午後３時３０分に五合目を出発した。</p>

<p>ゆっくりと歩いた、高度のせいか軽い頭痛がする、見上げると森林限界を越えた赤茶色の山肌が青い空をすこしいびつな三角形に切り取っている。<br />
湘南から見慣れた山の形ではない。紫外線のせいか空気の色も違う。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="34501.jpg" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/34501.jpg" width="375" height="500" class="photo" style="" /></span></p>

<p>ひさしぶりの山歩きだ。高度を上げるにしたがって気温も下がり、暑さが遠のいていく。斜面をジグザクに切り取った単調な登山道がえんえんと連なっていて、見下ろすと湖と町、そして右手の稜線のずっとさきに太陽は沈んでいく。空の色はこくこくと変わって、淡い光が濃い光へ、そしてゆっくりと暗闇が訪れた。<br />
足元を照らすヘッドランプの光をたよりに一歩、また一歩と足を前に出す。汗は乾いて涼しくなってきた。<br />
山を歩く時は、なにかを考えているようでなにも考えていない気がする。<br />
次の足をおろす場所を慎重に選んで砂利を踏みしめ、そして反対の足を上げる。のどが乾いたら、歩きながら水を飲む、腹が減ったらおにぎりかチョコレートをかじる、寒いと思ったらレインジャケットかフリースかどちらが適当か、どこでバックパックを下ろすかなどぼんやりと迷っていたりする。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="34502.jpg" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/34502.jpg" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span>" </p>

<p><br />
斜面には一定間隔で山小屋があった、小屋と小屋の間は暗闇だ、はるか下方に町の光が見える、空を見上げると星。道の先にはほのかに光が見える、次の山小屋だ。<br />
とりあえずその明りの場所が目標となる、そこで何かとてつもなく素敵なことが待っているわけではないことは分かっている。<br />
ただ足を前に進める理由を手に入れた、ということだと思う。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="34503.jpg" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/34503.jpg" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span>" </p>

<p>3450ｍの表示があった、頂上まであと４０分のところで下山することにした。いまならまだ温泉に間に合うかもしれない。そう、頂上に立ちたいわけではなく、ただ前に進みたいだけなことに気が付いた。<br />
その理由がなんであれ。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/09/3450.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/09/3450.html</guid>
            
            
            <pubDate>Fri, 03 Sep 2010 15:36:17 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>LEGEND</title>
            <description><![CDATA[<p>伝説の不動産屋と半島を駆け抜けた。</p>

<p>「海の似合わない客には紹介しない」と言ったとか言わないとか、湘南の不動産屋として突き抜けた価値観を持つその人に相応しい逸話だ。ずっと会いたかったのだが、駆け出しで底の浅い僕はまだその時期ではないと思っていた。</p>

<p>「半島を案内するよ」、普通にでも目を輝かせてLEGENDは言ってくれた。彼の物件の多くは図面化されておらず価格も決まっていないものが多い。半島を横断し縦断し、彼は僕に珠玉の物件の数々を見せてくれるのだ。<br />
出発前、ステンドグラスの嵌ったカウンターのある書類の山の中に灰皿の埋まった低いテーブルのある彼のオフィスで、LEGENDは住宅地図を何枚も何枚もコピーして貼り合わせて巨大な地図を作った。そして赤いマーカーで丁寧に物件の所在地を地型に合わせて記入していった。</p>

<p>後で気づいた、宝探しの地図だ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="060901.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/060901.JPG" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span><br />
畑の中に続く一本道、その先の岬一個。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="060902.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/060902.JPG" width="375" height="500" class="photo "style="" /></span><br />
外界から隔絶されたビーチと洞窟と断崖と廃墟化した旅館。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="060903.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/060903.JPG" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span><br />
穏やかな入江に接する土地、背後は森。<br />
など、すべて売り物だ。</p>

<p>ありえなかった、少なくとも都心に近いこのエリアでは手に入らないものと勝手に思い込んでいた。海や森を求めてこの地にやってきた人たちが、いや、僕が欲しいものだった。<br />
入江に向かって立ちつくす僕の背後でLEGENDはタバコに火をつけた。</p>

<p>帰り道、LEGENDが最後に案内してくれた場所は、彼自身の所有地だった。海接の広い敷地はとても不思議な景観の場所だった。懐かしいようなでもどこでも見たことがない小さな２階建の家が一軒建っていた。しかしそれはまだ始まりで、この先の計画はこころの中の古い記憶や眠っていた冒険心を呼び覚ましてくれるような壮大なものだ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="060904.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/060904.JPG" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span></p>

<p>欲しいものを素直に追い求め続け、何もあきらめない、少年時代の宝もののそれだ。<br />
広告の裏紙にLEGENDは未来のランドスケープを描き続けている、何枚も何枚も。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/06/legend.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/06/legend.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 09 Jun 2010 11:25:57 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>The highest</title>
            <description><![CDATA[<p>ともかく山手線西側を中心に家探しが始まった。プライオリティはもちろん立地だ。何の不満もない鎌倉を去ることになるわけで、その理由は通勤だとその時は信じていたので、まずは会社近くに絞って不動産屋巡りをした。ただ相場感のズレは激しく、鎌倉感覚だと価格は倍、広さは半分という感じだ。そこに妥協できても周辺の緑や水辺ははずしたくない。子供の通園、通学なども検討材料だ。</p>

<p>とてつもなく複雑な方程式だ、家探しは。なにしろ探索するための要素が無限にあって、しかもそれぞれが自分が本当に望んでいることなのかも怪しい。土地も家もそこに暮らしてみてはじめて分かることが大半だ。暮らす前に探さなければならない以上、何か定量的なものさしを無理やりにでも設けて最後は気合で決める、そしてそのあとは疑問をシャットアウトしてひたすら前向きに考える。だから「出会い」という言葉が良く使われるのだろう。</p>

<p>男と女の出会いから結婚への過程も似ているのかもしれない。家と同じで自分にとって最高の相手を求めようとしているはずなのだろうが、何が最高なのか分かりようがない。そして家や環境に適合させる努力と同じく状況に対して自分を調整しながら歴史が始まる。<br />
良い出会いだった、そう信じることがコツなのかもしれない。</p>

<p>マンションの引き渡しまであと一ヵ月となった。自分なりの優先順位を譲って譲って譲っても出合えなかった、二ヶ月間、東京では。そして、ふと思いついた。今すぐでなくても、将来、僕が暮らす場所で働く、そんなことができるなら「今」は乗り越えられる。そしてすでに思い出なのかもしれないけれどここの土地の力が僕の深いところに根ざしてしまっていてここから離れるという選択肢はなかった。<br />
なにより「最高の家」を探そうとしていたわけではない。</p>

<p>結局、今のマンションから江ノ電で一駅だけ東京に近付いた場所で新居を見つけた。ここから徒歩8分くらいの場所だ。少々投げやりに。</p>

<p>何をやっているんだろう。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="14.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/14.JPG" width="498" height="373" class="photo" style="" /></span></p>

<p>いま置かれている状況のもとで最良の結果、というかギリギリの妥協線に落ち着いた、というべきか。ただ、いつか自分にとっての最高かもしれない状況に遭遇できたとき、それに果たして気が付いて、それを手に入れるためにがんばることができるのだろうか、僕は。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/04/the-highest.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/04/the-highest.html</guid>
            
            
            <pubDate>Sun, 11 Apr 2010 13:46:05 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>WHITE MOUNTAIN</title>
            <description><![CDATA[<p>山に行った、雪の山だ。</p>

<p>雪が見たいわけでも、非日常なものすごい眺望を楽しみたくて行ったわけでもない。<br />
理由はとても単純で、雪の付いた山を登りたい、ピークに到達したい、それだけだ。</p>

<p>そしてとても安易に考えていた。<br />
晩秋に行ったのだが、基本装備はほぼ夏山と同じだった。<br />
ピッケルなし、レインウェアに3シーズン用登山靴、コンビニで売っている手袋、アイゼンは一応持って行った、ただし4本爪の。</p>

<p>普段の日中で零下という温度を体験することはほとんどないが、標高も2,500メートルを越えるとさすがに厳しい。歩いていると身体は暖かい、というか暑い、しかし足と手の先端部、そして耳...、寒い、冷たい、というよりも痛い。<br />
凍傷というワードが頭を過る。</p>

<p>そんなこんなで歩きはじめて1時間弱でこころは折れる寸前だった。<br />
稜線に出て岩と雪がミックスされた傾斜の激しい登り、ほとんど垂直な感じ、靴底の4本爪は頼りないを通り越していた、もっと爪が欲しい、ほぼ氷の不安定な斜面の上でもし足を滑らせたら、どこまで滑り落ちるか分からない、ピッケルもないので身体を支えたり、滑落を止めることもできない。<br />
というか持っていても使い方が分からないのだが。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="WH001.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/WH001.JPG" width="500" height="375" class="photo" style="" /></span></p>

<p>心は恐怖感で充たされた、僕は、頂上付近を見上げながら登頂を断念することにした。<br />
そしてゆっくりと身体を反転して今登ってきた道を見下ろしたとき、その高度感に目がくらんだ、壁のように見えた、岩と氷の斜面だ、どうやったらこんなところを下れるのか...、危機意識は増幅していって、そうパニック一歩手前まできていた。</p>

<p>突然、自宅の納戸の電球が切れていることを思い出した。<br />
毎日出入りする場所でもないのでほったらかしだった。なんだか申し訳ない感情が湧いてきて、そして家のことが懐かしく感じられた。</p>

<p>その時、下山中の登山者が僕をサクサクと追い越して行った。あきらかに僕よりもずっと年配の人だ。その瞬間、折れかけた心が奮い立った、行こう！その人たちの踏み跡をたどりながら峠まで下ってくることができた。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="WH002.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/WH002.JPG" width="375" height="500" class="photo" style="" /></span></p>

<p>ともかくこの山行がきかっけとなって雪山登山の学習を始めた、夏と違って、道具類の価格の高さには躊躇もあったがとにかく揃えた。<br />
それから納戸の電球は交換し、淡い白熱球の光に空間が充たされた。</p>

<p>と、不動産屋のブログなのに内容がエクストリーム化してきた、ちょっと不安。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/02/white-mountain.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2010/02/white-mountain.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 04 Feb 2010 11:00:07 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>Starting point</title>
            <description><![CDATA[<p>20数年ぶりにそのカフェへ行った。<br />
海からそそり立つ断崖上に建つそれは、陸上からだと全貌を見ることはできない。<br />
白くて僕にも理解できる素材で作られた2階建ての洋館だ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="1701.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/1701.JPG" width="375" height="500" class="photo" style="" /></span></p>

<p>入口の扉を開けて中に入った、昔と何ひとつ変わらなかった。<br />
白い木製の扉、ガラスブロック、少し錆びて白い塗料が浮き出ている窓枠、そして壁面いっぱいのガラス窓の向こうに見える海。<br />
店内は相変わらず、音楽も余計なものもなにもなかった。</p>

<p>少しして気が付いた。<br />
僕が好きになるモノのここが原点なのだと、そして完全なものだと。<br />
引っ越しのたびに探し求めてきたもの、家に出会うたびに直感的に判断の物差しになってきたもの、それがここだった。</p>

<p>不思議なことに、これまで繋がらなかった。<br />
当時の僕にとって、ひとりで過ごすとても居心地の良い場所だった。それは、装飾が少なく静かでかすかな波の音だけ聞こえる空間、そこで過ごす時間が大切で、建物や内装にとりわけ関心があったわけではない。<br />
ただ、僕の潜在意識に居心地の良さとともに強く刷り込まれていたのだ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="1702.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/1702.JPG" width="375" height="500" class="photo" style="" /></span></p>

<p>なぜかとても遠回りをしていたような気持ちになった。<br />
ずっと前、それは僕の目の前にあって、でもその時は気が付かなかった。<br />
大事なもの、大切なものがわからない、失ってしまうのは僕の人生の常だ。<br />
いつも後になってから気が付く、かけがえのないものだったことを。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="1703.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/1703.JPG" width="500" height="372" class="photo" style="" /></span></p>

<p><br />
夕方、そのカフェにゆっくりと暗闇が訪れる、その時が一番好きだ。<br />
そして、家のことも人生のことも、また分からなくなった、46歳なのに。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/12/starting-point.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/12/starting-point.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 24 Dec 2009 20:48:06 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>BURNING MAN</title>
            <description><![CDATA[<p>ネバダの砂漠に毎年出現するブラックロックシティ、バーニングマンの会場だ。<br />
今年初めて参加した。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="01311.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/01311.JPG" width="373" height="498" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>

<p><br style="clear:both;"></p>

<p>そもそも砂漠で1週間のキャンプ自体非現実的なのだが、最寄りの文明から車で4時間ほど離れた不毛な土地に人口5万人の町が唐突に出現する異様なイベントだ。</p>

<p>このイベントというか祭りの特徴は、商業主義の否定と全員参加にある。会場には、どんな企業のブランドも掲示されていないし、飲食も含めてお金が使える場所がない。ただし一か所だけオーガナイザーが提供するカフェがありそこではおいしいコーヒーが買える。そして、傍観者は必要ない、というスローガンのもと観客ではなくプレーヤーとしての参加を義務つけている。</p>

<p>僕の常識感を激しくシェイクしてくれた出来事は数多かったのだが、到着した早朝、砂漠の朝日をテンプルという施設で待っていた時、だんだんと明るくなる夜明け、周囲の参加者たちの姿が見えてきたとき、とてつもない連中が集っているのだ、と勝手な思い込みが大きな間違いだったことに気付いた。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="01312.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/01312.JPG" width="498" height="371" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>

<p><br />
日本の多くのイベントや箱では、微妙なドレスコード的なもの、あるいはプロトコルが存在していて、スタイルの異なる人は排除される傾向がある、ように感じることが多い。<br />
朝日に照らされた参加者は、千差万別、老若男女･･･、共通のスタイルが見いだせなかった。そして肩の力が抜けた普通な人達がそこにいて、瞬間的にここは居心地の良い場所だ、と思え、僕の気負いを消し去ってくれた。</p>

<p>おそらくアメリカという存在自体がバーニングマン的なのだろう。国として民族として長い歴史のない存在であるがゆえに、常に新しいものを生み出す力を自然と備えているのかもしれない。コンピュータもインターネットもバイオテクノロジーも産業の萌芽はここから始まった。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="01313.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/01313.JPG" width="500" height="370" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span></p>

<p>隣の顔色を窺う必要のない環境が圧倒的な創造力の源なのかもしれない、僕のバーニングマンはそんな感想文で始まった</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/10/burning-man-1.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/10/burning-man-1.html</guid>
            
            
            <pubDate>Fri, 30 Oct 2009 18:00:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>REAL ESTATE AGENCY</title>
            <description><![CDATA[<p>不動産屋を始めようと思った理由はいくつかある。ともかく引っ越し好きな欲求を充たすためには物件情報が常に周りにある環境に身を置く、というのは有力な説明だ。例えば、レインズという業者だけが閲覧できるデータベースがある。物件が出ると不動産屋はまず、ここに情報を登録する。一般的な掲載サイトや情報誌に挙がらないものも数多い。そう、前からこのシステムにアクセスしたくてたまらなかったのだ。</p>

<p>ただ他にもある。家を探すときの不満だ。賃貸にしろ売買にしろ物件検索は定量的な情報で行われる。駅距離、部屋数、賃料、追焚機能有などなど...、数少ないビジュアル情報と丁目までの住居表示から想像力をフル稼働させてその物件がアタリかハズレか考える。そして不動産屋へ電話を入れる。賭けだ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ブログphoto.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0photo.JPG" width="480" height="360" class="photo" style="" /></span></p>

<p>なにかもう一つわかりやすい検索軸がないのかなと常々思っていた。眺望や周辺環境もそうだが、モノ自体を端的に表す形容詞のようなもの、あるいはファッションブランドとか車とか音楽とかその物件が持つテイストと同じようなマトリックス上に位置するもの、とかと相関させると分かりやすいのでは、などと夢想していた。<br />
もちろん現実的には、捉え方は人それぞれ違うし、それを対照する物差しを用意したとしても個々の不動産屋が紐づけていくのは不可能だろう。</p>

<p>問題は、かっこいいという視点だ。僕はともかくかっこいいところに住みたい、と思う。もちろんその中身はいろいろだ。こっち方面、あっち方面、ともかく偏らずそれぞれで納得できるものがあればＯＫだ。ということは、検索軸よりも物件の選び手が大切なのかもしれない。視点が共有できる不動産屋が選んだ物件であれば、その中から定量的な条件に合うものを選ぶだけで良い。他の膨大な情報をひとつひとつ選ぶ必要もなくなる。</p>

<p>不動産屋を始めようと思った理由のひとつだ。そして実際にこうしたやり方で物件をセレクトしている不動産屋はもちろん存在した。<br />
それが東京Ｒ不動産だった。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/06/real-estate-agency.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/06/real-estate-agency.html</guid>
            
            
            <pubDate>Sun, 21 Jun 2009 15:34:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>CATALOGUE</title>
            <description><![CDATA[<p>その家は、稲村ガ崎の線路手前に張り出た山の頂、その先端部にあった。なにしろ半端な場所ではない。階段状通路を100段以上登って山道に入り、うっそうした樹木のトンネルを抜けたかなり人里離れた感のあるつきあたりだ。<br />
小さな白い木製の門、その先に白く塗装された木造の平屋、古いオーニングが玄関扉の上の庇となり、木製の窓にはこれも木製のルーバーがはめられていた。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="013-01.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/013-01.JPG" width="373" height="498" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>もちろん探検中に出会った家だ。知り合いが住んでいるわけではない。建物の先がどうなっているかはわからないが、芝が少し見えた、鉄製のアーチと植木鉢も。ここは最強の高台海眺望ポジションな筈だが、手前の潮風に鍛えられた木々が高く育っているので、眼前は林かもしれない。建物は半世紀くらい経過している印象で海の近くの正しいたたずまいを感じた。</p>

<p>僕にとってなんとなくこの家は原点だった。そして、この家を建てた人はどんな感覚の持ち主なのか会ってみたくなった。たぶん自分が好きなモノが分かっている人なのだろう。家だけでなく、洋服や家具や道具や庭に植えられた花や樹木、飛来する昆虫や鳥そして風や光。そうでなければこんな家は建てられないと思う。</p>

<p>安直な住宅が増えてきたような気がする。断熱性能や一義的な耐久性みたいなことがやたら重視されて、住まい方やスタイルがどこかに置き去りにされているのではないかと思う。カタログに記載された様々なスペック、しかしそこにはデザインやスタイルといった数値化できない情報は記載されていない。</p>

<p>戦後、大量の住宅を供給する必要があった。そのため工業製品のように家を製造するための仕組みが必要だった。とにかく安普請でも何でも早くそれなりに丈夫な家を建てる、というのが国家目標だったのだろう。そして日本の風土にあった機能と外観を持つ家が少しずつ姿を消して、中途半端なＳＦな家が増えてきた。造り手も安易だが、施主も想像力を失った。いや想像力を必要としなくなった。</p>

<p>そして家はカタログで買えるものと考える人たちが増えてきた。でも機能の積み重ねでは、僕が出会ったような家は絶対に建てられない。自分の好きなモノを追い求め続けられた人だけが理想の家を手に入れられる可能性が高い。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="013-02.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/013-02.JPG" width="373" height="498" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p>もちろん自分のことは棚に上げている、ただ僕にその家は何かを気付かせてくれた。例えば洋服選び、僕たちは何度も失敗する、しかしその中でなんとなく自分のスタイルを確立させていく。無数の選択肢の中から一枚の洋服に出会った時の喜び、無数の失敗の先にたどり着いた自分なりの物差しが反応する瞬間だ。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/04/catalogue.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/04/catalogue.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 09 Apr 2009 11:25:26 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>FOR SALE</title>
            <description><![CDATA[<p>グリーン車を使う頻度が多くなってきた。片道、乗車券とは別に750円、往復で1,500円、月20日間毎日乗ると30,000円だ。その頃、仕事は、肉体的以上に精神的にキツイ時期だった。良く眠れず、気が付いたら口の中がカラカラに乾いていた。自律神経は常に暴走の一歩手前だったが、激しい緊張感の故に踏みとどまっていられた。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="012-01.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/012-01.JPG" width="498" height="373" class="photo" style="" /></span></p>

<p>その内、ふらふらと緑のマークの車両に吸い寄せられるようになっていった。帰路は最終ダッシュか翌朝始発、またはタクシー！（もちろん自腹で）。そして、嫁は海の見えるマンションで初めての子育てと格闘していた。実際とても過酷そうで、庭のない箱の中で赤ん坊を抱えて籠の鳥状態だった。嫁も精神的にギリギリだった。僕はなんとなく限界を感じた、そして、僕は嫁に言った。東京に戻ろうか・・・と。</p>

<p>と言ったものの簡単ではない。何しろ大きな借財を抱えている身だ。引っ越すにもここを売らなければ動けない。でも、売るってどうするんだ？検討もつかなかった。僕は相談下手、調査嫌いの長男で、嫁は長女だ。新聞も取っていなかったので、その当時は不動産屋の売却物件募集などというチラシの存在すら知らなかった。ともかく不動産屋なのだろう、売ってくれるのは、程度の知識、いや想像力しか持ち合わせていなかった。</p>

<p>タウンページを見て、比較的有名な不動産会社に電話した。すると30分後には担当者がやってきた。やけに丁寧な物腰に違和感を覚えた。僕の仕事の常識では、商品を扱っていただける先はお客様だ。どちらかと言うと、こちらがペコペコする立場なのだ。どうも良く分からないが、僕はその不動産屋にとって客なのだった。不思議だ・・・、その後もしばらく合点がいかなかった。</p>

<p>その後、不動産屋は査定書を提示してこの部屋の値段について説明した。予想よりも高かった、すぐに売れるという言葉になんとなく安心したが、実際に売れたのはその半年後だった。しかも購入者を見つけたのは、依頼した不動産屋ではなく駅前の会ったこともない不動産屋だった。</p>

<p>後で分かったことだが、不動産屋は互いに情報を共有しているということ。つまり売りに出す場合、相手の看板の大きさはあまり関係なくて一社に頼めばともかく全てカバーされる、要は事足りるということなのだ。なかなか不思議な業界だ、と思った。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="012-3.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/012-3.JPG" width="498" height="373" class="photo" style="" /></span></p>

<p>ともかく売れた。そして僕は都心での住居探しに奔走することになる。何しろ売れるときは突然で、売れないことには家探しが始められない。引き渡しまでの期間は3カ月ある、その時は楽勝だと思っていた。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/03/for-sale.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/03/for-sale.html</guid>
            
            
            <pubDate>Thu, 12 Mar 2009 10:54:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>virus</title>
            <description><![CDATA[<p>「海見たい病」は湘南では常に流行している。最初からこの病気に罹っている人も入れば、こちらに住んでから患ってしまう人も入る。テレビや雑誌でリビングやバスルームから海一望なんて部屋がよく取り上げられたり、実際にそうした海眺望ハウスに住んでいる知り合いが出来てしまったりする。それが、海見たいウィルスとの最初の接触だ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="011-01.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/011-01.JPG" width="456" height="257" class="photo" style="" /></span><br />
 <br />
時間が経過するにつれてこのウィルスは頭の中でだんだんと増殖を始め、想像力が日に日に逞しくなってくる。自宅のバルコニーやリビングの窓の先に幻影が見えてくる。隣地の微妙なサイディングの外壁ではなくて、ダイナミックな青い水平線のビジュアルが・・・。せっかく海まで数百メートルの場所に住みながら、なぜ海が見えないんだ！と、心の中の渇望が極限に近づいていく。海が見たい、部屋から。こうなると完全に病気だ。それもかなり性質の悪い。<br />
 <br />
都心で言うと、タワーマンションの高層階から見る夜景に近いのかもしれない。災害時の非難には圧倒的に不利な筈の高層階が実は価格も高く、先に売れていくらしい。これも眺望の魔力なのだろう。すなわち理性を失わせること、だから病気だ。<br />
 <br />
しかしこの病気の治療法はあまりない。もっとも有効な方法はそこに住んでみることだと思う。僕は、高層ビルから見るパノラミックな大都会の夜景もリビングからの海眺望も両方経験した。夜景はシンガポールだ。当時勤めていた会社の寮が、高層ビルが林立するエリアに建つ３８階のマンションで、その３７階が部屋だった。とてつもない眺望で、夜景も素晴らしかったが、昼間も湾岸沿いのマリーナと高層ビル一望だった。広いバルコニーには籐のソファセットが置かれ、外気は一年中夏だった。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="011-02.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/011-02.JPG" width="373" height="280" class="photo" style="" /></span><br />
 <br />
最初の一ヶ月位は仕事帰り籐の椅子に腰掛け、ビール片手に外を眺めていた記憶がある、ただその後バルコニーに出た思い出はあまりない、日本から友達が来たときくらいだろうか。湘南でも海見えマンションに住んだ、しかしここのバルコニーに出た回数は、熱帯の都市国家にいたころよりもっと少なかったと思う。<br />
 <br />
そして、病気は癒えていくのだ。もちろんサーファーで毎日の波チェックが必要だとか、高層階から街の安全をパトロールしなければならないとか、必然性のある人は別だ。ただ病気に罹ってしまった人は、一度そこで暮らすことによってやっとウィルスをおとなしくさせることができる。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="011-03.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/011-03.JPG" width="373" height="280" class="photo" style="" /></span><br />
 <br />
情報だらけの世の中で僕たちはいろいろな選択肢に気付く機会が増えた。そしていつも何かを求め続けている。仮にひとつひとつすべて体験できたとして、病気を乗り越えられた先にたどり着く場所はどこなのだろう。？</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/02/virus.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/02/virus.html</guid>
            
            
            <pubDate>Tue, 24 Feb 2009 10:10:19 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>racoon</title>
            <description><![CDATA[<p>また、少し遡る。稲村ケ崎駅徒歩２分の我が家、家の中もなんとなくだけど片付いたので庭に出てみた。ところどころ剥がれた芝生の南庭側にはモサモサと常緑のやたら葉っぱの多い樹木が隣の小児科医院の敷地へ越境している。何しろナチュラルというか無計画というか、和洋折衷な庭はジャングルのようだった。嫁はいろいろプランがあるようで、あそこへ花壇、こっちが畑、ビニールの温室は、など庭のあちこちを指差した、ある一角を除いて・・・。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="010-01.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/010-01.JPG" width="360" height="480" class="photo" style="" /></span><br />
 <br />
もちろん僕も気になっている。異常なまでに育った樹木の葉で覆われた場所、シダ系の葉もちらほらとまるでミニ熱帯雨林状態だ。カエルの石造の足が葉っぱからのぞいている、たぬきの置物もあった。そして、立ち入ることを阻んでいるのは、湿気だった。その場所からは水の気配が発信されていた。<br />
 <br />
分け入ってみた、垂れ下がっていた枝を上げてみるとそこには水面があった。早速枝を幾本か剪定し、周囲の草を刈ると、現れたのは池だった。結構大きい、南北３メートル、東西２メートル位、そして透明度１センチ未満の泥のような濁った水だ。蚊アレルギーの嫁はすでに不安そうだった。草木と池と谷戸の湿気、ボウフラにとってこの天国のような環境は夏の吸血虫の大発生を予測させるのに充分だ。<br />
 <br />
水を抜こう、と言いかけた時、水面を赤っぽいものが動くのが見えた。しばらく注視していると今度は黄色っぽいもの、さらに見ていると水が、何か有機物の力で跳ねる瞬間が見えた。鯉だ。ヘドロのような池の中には鯉が泳いでいる、それも一匹ではない。池の端に、プラスティックの灯篭をモチーフにした水を循環させる装置があった。朽ち果てたようだったが、スイッチを入れると動き始めた。すぐに、鯉の食料を調達しに僕たちは出かけた。<br />
 <br />
食事を提供するよになってしばらくすると、縁側に立っただけで、鯉たちが水面に上がってきて口をパクパクさせるようになった。食事の時間が分かるのだ。全部で５匹いた。金色、グレー、そして赤黒の斑が３匹で内一匹はとても小さかった。いつも同じ模様の鯉の後を泳いでいる。ひよっとしたら親子かもしれない。僕たちは名前を付けた。不思議なもので名前で呼ぶと魚類だけど家族になっていた。<br />
 <br />
その日は、天気が良かったので池の掃除をすることにした。大網で一匹ずつ名前を呼びながら池から掬い上げて用意したたらいに移した。鯉たちが大騒ぎしている間に、結構深い池の底から汚泥をスコップで浚い、水を入れ替え、池に戻した。ともかく透明度は１メートルくらいにはなり、鯉たちもなんとなく気持ち良さそうにきれいな水の中で泳ぎ始めた。チビ鯉も相変わらず母親の後ろをチョコチョコ追いかけている。池の周囲もさっぱりとして明るくきれいな住処となって僕たちはうれしかったし、鯉たちも喜んでいた、と思う。<br />
 <br />
数日後、朝起きると雨が降っていた。縁側のカーテンを開けるとといつもと違う光景が目に入った。色だ。赤や黄やグレーの固まりが庭のあちらこちらに散らばっていた。少しして気付いた、鯉だ、最初は何らかの理由で、例えば池が増水して庭に流されたのか、などと考えたが、よく見るとばらばらに千切れていた。動物だ、何か陸上の獣に襲われたのだ。<br />
 <br />
雨の中、嫁は大声で泣きながら、そして鯉たちの名前を叫びながら庭に飛び出していった。僕はその日会社で一年でいちばん大切な行事のある日だった。嫁は、雨の中スコップで泣きながら庭のいちばん日当りの良い場所に穴を掘り始めた。僕も鯉たちを失ってとても悲しかったけれど、嫁に「会社に行くね」と言って家を出た。もちろん嫁の返事はなかった。</p>

<p>混乱しながら江ノ電に乗った、今日会社に遅れたら多くの人に迷惑がかかる、鯉が死んだから休む、とは言えない。これが社会人としてのバランス感覚だ、でも家族が死んだら流石に休むだろう、いやそれでも会社に行くかもしれない、などと頭の中が錯綜しまくっていた。そして、ふと気が付いたのは、僕の人生のプライオリティについてきちんと考えたことがなかったということだ。</p>

<p>ともかくその夜遅く家に帰ると庭の一角に大きな石が埋められていた。鯉たちの墓標だ。嫁は縁側に座ってじっとその石を眺めていた。「今日は、ごめん、どうしても抜けられない一年で一番大切な仕事が・・・」などとは、もちろん言わなかった。</p>

<p>鎌倉の森にはいろいろな動物がいる。台湾リスやハクビシン、きつねや狸、そして野生化した外来種。池に入って鯉を襲うという行為を考えるとアライグマが最有力だ。都心に森は少ない、手に負えなくなって鎌倉の森に放す不埒な飼い主も多いらしい。そして、これまでもアライグマは水辺のパトロールをしていたに違いない、ただ僕たちの池は草木に覆われ、そして濁っていたヘドロのような水質のおかげで鯉は発見されなかったのかもしれない。きれいにしたため見つかってしまったのだ、おそらく。<br />
 <br />
翌日は、晴れた。ぼんやりと鯉のいなくなった池を眺めていると小さな赤い尾びれが水面に見えた。驚いて池に近寄ると、チビ鯉が顔を出した。襲撃からただ一匹生き残ったのだ、小さくて獣が気付かなかったのか、それとも母親がチビを守ったのかもしれない。ともかく生きていてくれた、僕は全力でこのチビ鯉を守ろうと思った、仕事よりも少し前で。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/02/racoon.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/02/racoon.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 04 Feb 2009 21:26:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>GARDENER</title>
            <description><![CDATA[<p>鎌倉山でまた開発が始まるらしい。造園屋のユウが教えてくれた。場所は山から七里ガ浜へ抜ける一方通行の道が始まるあたりを東へ折れた突き当たりだとのこと。「やべぇよ、あそこは」ユウが言った。どうやら昔から幾度も建築や開発の計画が持ち上がるのだが、何らかの超自然的な理由でいつも頓挫してしまう土地だという。こういう話しは少々違和感を覚えながらもそのまま会話が成立してしまうところが面白い。そして、多くの建築に携わる人たちに聞くと、大抵ひとつやふたつこの種の体験談を話してくれる。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="009-2.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/009-2.JPG" width="480" height="360" class="photo" style="" /></span><br />
土地の前には看板が立っていた。有名な会社が開発を行うようだ。規模は想像を超えていた。山から七里ガ浜に至る道路を一本通して、その周囲に住宅用地を造成する、つまり山がひとつ消滅する。七里ガ浜の住宅地は前面に海、後ろに山が売りなのだが、実際、背景がかなり寂しくなってきている。つまりこの山は住宅地にとってとても残り少ない希少な緑の借景なのだ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="009-3.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/009-3.JPG" width="480" height="360" class="photo" style="" /></span></p>

<p>さて、えらいことだと、ユウと相談した。そして「やべぇ」場所として怨念系でいくしかない、と二人で決定した。もちろん酔っぱらっていた。ガーデナーには石工の知り合いは多そうだったので、ともかく墓石と道祖神のような石像系で、古い磨耗した文字が彫られたもの、且つ経年劣化処理が施されたものを作ってもらうことにした。もちろん埋めるためだ。会社ではなく現場作業者の情念に訴える方法を取ろうとしたのだ。もともとユウが知っている位なので地元では「あそこは・・・」といったオカルトな話題豊富な場所だ。</p>

<p>さらにそもそも鎌倉自体その種の話しには事欠かない土地柄で、例えば、稲村ガ崎は昔の古戦場で、いまでもお盆の時期になると家の前に水を入れたバケツを置く風習がある。戦闘で傷ついた武者たちがのどの渇きに耐えかねて時空を超えて戻ってくるらしい。朝には、水が減っているとのことだ。つまり僕たちの作戦には一縷の効果がありそうに思える土地柄なのだった。</p>

<p>ところで、建築には様々な儀式がつきものだ。香港では超近代的な高層ビルを建築する際に、風水士が羅盤を使う。日本でも地鎮祭など、普通に行われている。土地を鎮める儀式を行わなかったときに何が起こるのだろうか。または、行ったときに何か良いことがあるのか。実際、疑問だらけだ。22世紀になっても続いているのだろうか。</p>

<p>おそらく、祭祀はいろんなことをリセットするためにあるのだろうと思う。お祓いをすることで理由を消して、将来起こる何かとそれを繋げて想像することを排除する、はい終了ってことだろう。<br />
なので、僕たちがエイジング処理した墓石や十字架や髑髏をその土地に埋めたとしても、神主やお坊さんが大挙してきて何かを鎮める儀式を行うのだ。そして、すべてはリセットされ、何事も無かったように山を消滅させる工事が始まる。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="009-1.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/009-1.JPG" width="480" height="335" class="photo" style="" /></span></p>

<p>ともかく酔いがさめて僕とユウは犯罪者にならずに済んだ。グーグルアースを見ると都心に森は南西部のこのあたりにしかない、緑の宝石のようにも見える。それを守ろうと叫ぶのではなく、昭和30年代生まれの僕は祖父や祖母に代わって、「ここはやべぇぞ」と囁こうと思った、森のことについて。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/01/gardener.html</link>
            <guid>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/01/gardener.html</guid>
            
            
            <pubDate>Wed, 21 Jan 2009 10:13:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ＢＡＢＹ</title>
            <description><![CDATA[<p>世界貿易センタービルが崩れ落ちた頃からだと思う。地震の話題を聞くことが多くなった。そして嫁は異常だった。役所に行って鎌倉市の地盤地図を手に入れたり、関東大震災当時の津波の被害地域を調べたり、普段の彼女からは想像もできない奇妙な行動を取っていた。知人の棟梁に家を見てもらい、震度５を越えるとやばい、との言質も得ていた。この家も稲村ガ崎も僕らはとても気に入っていた。古くて使いにくい点はたくさんあったが、それ以上の何かがここにはあった。</p>

<p>嫁は、ＬＡ大地震の経験者だ。高速道路がなぎ倒されたあの巨大地震の渦中にいた。そのトラウマなのか、何しろ急に怖がり始めたのだ。そして、２年ぶりに引っ越すことにした、とても残念だったけど。</p>

<p>しかし僕は、引越しが好きだった。新しい土地、新しい家、想像したただけで気持ちが奮い立ってくる。何か新しいこと、に対して、僕にはＮＯはほぼない。</p>

<p>ところが家探しは難航した。まず第一に時期、ちょうど新年度が始まる前で、引越しのピーク直前だった。第二に動物が３匹いた。そして第三に、この家に暮らしたおかげで僕たちが満足できるレベルがかなり上がっていたことだ。さらにこの地に住んで、いろいろなことも分かってきていた。例えば、海見え。想像もしていなかったが、鎌倉には部屋から海が見える物件があるということ。それも、国道１３４号線沿いのダイナミックなオーシャンビューもあれば、斜面地からワイドに江の島、富士山眺望なんて物件もある。２年暮らすと土地勘もでき、いろいろ余計な知識も増えていた。</p>

<p>仕事から帰ってくると嫁は僕に一枚の物件資料を渡した。不動産会社がくれるものだ。すでに内見もしたようだ。渋滞の激しい幹線道路沿いでコンビニの２階、駅まで徒歩20分。ありえなかった。嫁は、猫ＯＫはここしかなかった、と言った。翌日から僕も本気で家探しを始めた。嫁の切迫感は日々強まり、時間の余裕はあまりなかった。しかし不動産屋を何件か回って僕は結論をだした。<br />
賃貸では無理だと。</p>

<p>これまで「家を買う」ということを真剣に考えたことはなかった。何かに縛り付けられるのは嫌いだったし、何千万円という単位に親近感はない。しかし今回は、選択肢はない、嫁と猫を守るのは僕の務めだ。</p>

<p>地震に強い、この必須条件をとにかくクリアできるのはマンションだった。最初に良いかなと思ったのは、築３０年の海沿いの国道から100米ほど内陸に入った低層の赤レンガの集合住宅だった。部屋から海も少し見えた。価格は3,000万円。銀行で相談をしたら何とか貸してもらえそうだ。部屋を見て、申込書類を預かり、リフォームの相談をしながら嫁とマンション近くを歩いた。<br />
その時、新築マンション棟内モデルルームの看板に出会った。国道から見える海傍の物件だ。実は以前から気になっていた。バルコニーもガラス張りで海側の部屋は相当に眺望が良さそうだった。スタイルもまあまあだ。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="007-02.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/007-02.JPG" width="480" height="360" class="photo" style="" /></span><br />
建物を見上げるとバルコニーで明らかに分譲会社の人だろう、がタバコを吸っていた。暇そうだ。僕たちは中に入った。</p>

<p>いろいろなことが分かってきた。既に竣工後１０ヶ月を経過していること。海眺望の部屋は価格設定を高くしすぎたため売れ残っていること。スタッフ４名を要する現地事務所を早く解散したいこと、などだ。海側の部屋の眺望は物凄かった。波が砂にあたってブレイクしている状態がはっきりと見渡せる。波乗りを始めた僕は一瞬でこの眺望に惹かれた。しかし価格表には、万の次の桁に限りなく近い数字が印刷されていた。</p>

<p>担当者に感想を聞かれた。素直に答えた、気に入った、でも予算からかけ離れている、と。さらに予算をしつこく聞かれたので、正直に記載された価格の半分以下の数字を伝えた。<br />
残念そうな表情だった。僕も残念だった。</p>

<p>ところがその夜電話が鳴った。その予算で構わないから売りたい、とのことだ、その代わり今月末には引き渡し、という条件だった。それからが忙しかったが、なんと引越しを決意してからちょうど一ヵ月後僕たちは海の見える新居にいた。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="007-01.JPG" src="http://www.realinamuraestate.jp/blog/images/007-01.JPG" width="480" height="640" class="photo" style="" /></span><br />
嫁の妊娠が発覚したのはその直後だった。あんなに引越しを急いだ理由は、どうやら腹の中で芽生えていた小さな生命が騒いでいたようだ。<br />
そして、地震は今もきていない。</p>]]></description>
            <link>http://www.realinamuraestate.jp/blog/2009/01/post-2.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">不動産屋開業の顛末</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 06 Jan 2009 15:43:45 +0900</pubDate>
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